職場で泣く女は地雷でした(過去形)

このブログをご覧の皆さんは、わたしの最近の発狂ぶりをご存じだと思うので前置きなしに始めませて頂きます。

 

まずはじめに、わたしの部署は最低でも3人でまわしていました。

こっち1、あっち2、くらいの適当なバランスではありましたが、相互に協力しあい、休みは休もうぜくらいの感覚でいました。

内1名が9月に退職。わたしがずっと苦手だと言っていたこわい先輩ですが、彼女はすこぶる仕事ができたので確かに惜しい人材でした。ほんと仕事できた……帰って来て。

二人体勢になって、まず最初に二十歳そこそこの子が潰れました。

わたしはあっちいったりこっちいったりしつつも、まだ平静を保てていたのですが、彼女は彼女なりに情報収集などしていたようで、なぜこちらばかり応援を待たねばならないのか、こちらばかり我慢するいわれはない、みたいなことを言って、1月に退職しました。

彼女も出来るひとでした。気もきいて、ひとの何倍も働いて、だから疲れたのかもしれません。

 

さて、みいが残ってるぞ。

 

ひとりぼっちになったみいは、頑張ろうと思いました。

いつかは誰かがなんとかしてくれるだろうと。

こんな状況はずっと続くわけはないと。

だって、3人でやっと回していた仕事が、みいひとりでこなせるわけがないのです。

 

あっちに行き、こっちに行き、仕事をしました。

手伝いのひとはちゃんと来てくれましたが、手伝い以上の責任を伴うことは一切してくれませんでした。

正式な職員はみいだけなのですから、それもしょうがないなあ、と思っていました。

 

残業も増えていきます。

これも今日やってしまいたかったけどできなかった、これも明日やる時間あるかなあ、明日がこっちだったらできたけど、あっちの仕事もあるしなあ、と毎日考えていました。

すでに残業をしているのに、仕事が終わってからも仕事のことばかり考えていました。

 

次第にできないことが増えていきました。

今日こっちでこれをやるとしたら、明日にはあっちでこれをやらないと、でもわたしのシフトでは……。

 

今日中にやらないといけないこと、今日じゃなくてもいいけど締切のあるもの、締切はないけど溜まっているもの、溜まっているとあとあと困るもの、、、、この時点で、優先順位がわからなくなっていました。

 

大変な仕事、って、確かに世の中にいっぱいあると思う。わたしより残業してるひとも、もっとブラックもいっぱいあると思う。

それでもわたしの心が折れかけたのは、他部署の「みいさん、かわいそう」という言葉でした。

 

がんばってるね、とか、仕事してるね、みたいな言葉なら気にならなかったんですけど、おまえ、言うにことかいてかわいそうはないだろう。

わたしが一生懸命愚痴らないように、職場で顔に出さないように、と思っても、滲み出るかわいそうオーラが、大変そう、いっぱいいっぱいそうオーラが、なんか、もう、だめか???みたいな気持ちになってしまって。

さらにそこから「事務とかよく知らないけど、最近物品発注も遅いし暇なくせにやる気ないよね~~~」みたいな、悪気ない悪意というか、まあ、おまえの部署みたいに立ちっぱなしじゃなくてごめんなさいね、そろばん鉛筆だったら大変さがわかりやすかったのにね???みたいなのにも過剰に反応するようになってしまって。

 

だめだ、と思いました。

 

このままだとわたしはしぬ。

命が助かったとしても、心がしぬし、そして立ち直れない可能性がある。

 

そう思って、わたしは上司にメッセージを残しました。

今やらなければだめなこと、でもできないことリスト。

手書きで、なんとか軽い感じにできないか言葉を選んで、お手紙を残しました。

別に上司に仕事を肩代わりしてほしいわけじゃなくて、わたしはただ誰かに、知ってほしかった。限界だって。がんばったけど、もうだめかもしれないって。

 

翌日、上司から電話がかかってきました。大丈夫?とやさしくきかれて、ああ、読んだんだなと思いながら、そのときは仕事の話をして終わりました。

その後、定時には当然終わらない仕事を片付けているところに、上司がやってきて黙々と別の仕事を始めて、わたしはたまらなくなってしまい、悩んで悩んで、言いました。

 

「弱音を吐いてしまってすみませんでした」

 

そっちかーい、と言われそうな気もするんですが、そのときはまじでこう思ってました。

誰もいなくなるまでひとりで残った挙句、もうたまらなくて、ぼろぼろ泣いていました。

上司は黙って聞いて、うん、うん、となだめてくれて、

「みいさんができなかった仕事はおれがやるから、全然ふってくれて構わないから」

「弱音なんか全然吐いていい、ずっと我慢させてごめん」

「がんばりすぎてたのを知ってた、それなのにいっぱい抱え込ませてごめん」

と言ってくれました。

夜中、ふたりきりで、わたしは泣いてて、ただわかってほしかっただけなのになんかもうどうしようもなくて、なんだか申し訳なくて、なんてこのひとはいいひとだろう、と思いながら、そして壊れた涙腺が復活することなく、泣きながら帰って、親にもうやめれば、とか言われて。

ただただ、このひとにもう迷惑をかけないようにしようと思いました。

そこが第二の地獄でした。

わたしは上司のことが好きになったのかもしれない、とその日からとりつかれたように思うようになりました。

 

まあもともと好感はもっていて、やさしいし、仕事できるし、話もしてて楽しいし、くらいに思っていましたが、この時点でわたしの中のランクは「つらいときに話を聞いてくれたひと」です。

そんなんずるい、ときメモだってそんなシステムないのに!!!!!!!!

そんで実際、仕事めっちゃ忙しいのにわたしの仕事手伝ってくれて、先輩に「みいさんいっぱいいっぱいだ」って交渉して応援増やしてくれて、ひゅう、過呼吸

おわかりですか、躁鬱の怖いところは、鬱じゃない、躁があるところです。

大好き!!大好き!!(大森靖子)みたいな気持ちになりながら、日々の忙しさの中、彼のくれるお菓子とか、言葉とか、ちょっとしたことにときめいて、情緒不安定まっしぐらです。

 

ほんと友だちがいてよかったな~~~と思ったのが、このころわたしラインした子に、それは洗脳、って言われてて。

でも会えると嬉しいし、って返してるんですけど、まあ、洗脳ですよね、間違いない。

本人にその意識はかけらもなく、すべてが善意だったとしても。

わたしに辞められたら困る、死なれても困る、そこから同情がなかったわけではないと思う。

だって、単純に死なれたら困るしな~~~って思って優しくされてたなら、それってめっちゃこわいじゃないですか……。

このひと、かわいそうだな、助けてあげたいなって気持ちはゼロではなかったかもしれない。

でもそのうえで、わたしはそれをどう受け止めたらいいのか。

好きだけど洗脳かもしれないし、好きになったところで別にしあわせじゃないし。

 

っていうのをわりとしばらく情緒不安定になりながら悩んでて、ふたりで飲み行ったらそれはそれで楽しくて。

好きなのかな~~~って思ってたんですけど、上述のとおり、先輩にみいさん大変だSOS出してくれてたから、最近なんか早く帰してもらえたりして。

日が沈む前に帰って、ビール飲んで、家族とごはん食べてるときに、ふと。

あ、これ、恋じゃないわ。

と悟りました。なぜか、パジャマでごはん食べてるときにふと思い出して、恋ってこんなんじゃないなってしみじみ……。

 

話を聞いてくれて嬉しかった、わかってくれてありがたかった、飲みに行って楽しかった。

それらは全部嘘じゃない。

上司のことをいいひとだなあ、優しいなあ、と思うのも変わらない。

でも、これは恋ではないんだなあ、と感覚でわかった瞬間でした。

 

全世界で起こりうることだと思うんですけど、たいてい弱ってるときに優しくされたら好きになるんですよ。

その気持ちがどういう意味かは別として、悪い気持ちにはならない。

でも、わたしは、これは違うなって。

もともと恋愛体質でもないし、結婚願望もないから、だから諦めてるみたいに思われても仕方ないんですけど。

 

なんでしょうね、わたし、疲れてたんだなっていう、ただそれだけの感覚に驚いた。

疲れて、癒しを求める先が推しでもなく、まんがでもアニメでもなく、上司っていうのにも驚いたし、まだ、わたしそういう想像???できたんだっていう、新鮮な感覚。

好きとか嫌いとか、遠い昔に捨て去ってオタクやってたんじゃないんだ、っていう自分にも驚いたし、それが疲労によりもたらされたものだということに、どんだけ追い詰められていたのか、とショックでもありました。

 

その後、上司とは(もちろん)なにごともなく、仕事の話をして、まあたまに雑談をして、わたしはたまに「休んでいいよ」の声に甘えて休みをもらって。

また月初めの繁忙期が始まります。

あれもやらないと、これもやらないと、って頭がいっぱいいっぱいになってしまうと、夜も眠れなくなって、メンタルもやられる。

でもひとつひとつ片づけていけたら、ふっと楽になるときがくると学習したので。

 

今はまだ3分の1が3倍働く職場であっても、けして環境だけが悪いわけじゃないと知っているので。

 

わかってくれるひとがいて、わかってもらえることが救いであるならば、まだもうちょっと頑張れるかなと思っています。

だって、かわいそうとか大変そうって全然他人事だし褒めてないじゃん!!!!

わたしもあんまり言わないようにしよう、と思いつつ、明日の仕事に備えます。

今はもう、あれをやって、これをやって、できなければできないで報告しようと思っています。だってわたしひとりが頑張ったって全部片付くわけがない。それを迷惑だと思われるわけがないのだ。

……思ったところで、わたしには関係ない。

 

ただ、今回のことで、わたしって案外まだ女なんだということがわかって、よかったし、誰かを嫌うよりも好きになる(錯覚でも)気持ちでエネルギーがわくタイプだと思い出せて、なんだか少し元気が出ました。

 

全世界の仕事頑張りすぎてるひとと乾杯したいです。

恋とか云々以前に休めることが嬉しいよな、わかる。